萩原教授が日本毒性学会特別賞を受賞しました!

当教室の萩原正敏 教授が、2023年度日本毒性学会特別賞を受賞されました。おめでとうございます!
受賞時に毒性学会へ寄稿された記事を引用掲載いたします。

 

特別賞を受賞して

 京都大学大学院医学研究科 萩原 正敏

 この度,2023年度日本毒性学会特別賞の栄誉を賜り,また記念すべき第50回日本毒性学会学術年会において,その受賞講演をさせて頂き,大変光栄に存じます。私は40年ほど前,医学部を卒業しましたが,現代医学では如何ともし難い悲惨な遺伝病の患者さんを何とか救済したいと考え,難病の特効薬(MagicBullets)を自ら創成することを志しました。遺伝病を治すには,遺伝子発現制御機構を解明する必要があると思い,米国サンディエゴのソーク研究所のMarcMontminy研のポスドクとなり,転写調節因子CREBの研究に従事しました。名古屋大学医学部解剖学第3講座で職を得て帰国後は,転写調節機構の研究からRNAプロセシング制御機構の研究にシフトし,数年後,東京医科歯科大学の難治疾患研究所に異動して研究室を立ち上げ,RNAスプライシングを標的に本格的に遺伝病治療薬の探索に取り組みました。

 遺伝病は染色体や遺伝子の異常に起因し,これらのDNA異常を薬剤で正常化することは困難ですが,DNAから転写されるmRNAのスプライシングに影響を与える化合物で遺伝病を治せる可能性があると思ったわけです。まず,選択的スプライシングを色の異なるGFP蛍光タンパク質を使って,モデル生物である線虫の生体内で可視化できる独自のレポーター技術を開発し,哺乳類細胞でも利用できるように改良しました。この画期的なレポーター技術を創薬研究に応用して,東欧系のユダヤ人に多い遺伝病で,スプライシング異常に起因する,家族性自律神経失調症の治療薬候補物質RECTASを見出すことに成功しました。この化合物は家族性自律神経失調症以外にも,ファブリー病などのライソゾーム病にも有効であることが判明し,大手製薬企業との共同研究による実用化研究が進展しています。また私どもは,RNA結合蛋白質のリン酸化を阻害する化合物TG003を添加することで,スプライシングパターンを変化させることが出来ることを見出していますが,筋肉が衰える遺伝性の難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー患者の筋芽細胞にTG003を投与することによって,筋肉の維持に必要なジストロフィン蛋白質の発現を回復させることができました。

 低分子化合物による遺伝病の治療は,当初は夢物語のように思われたのか,製薬会社からは全く相手にされませんでしたが,RNAスプライシングを標的とした核酸医薬ヌシネルセンが脊髄性筋委縮症の治療薬として上市されたことにより,我々の化合物も急に内外の製薬会社から注目されるようになりました。核酸が特定の臓器に集積してしまう,細胞内移行や安定性に問題がある,現状では合成コストが高価であることなど,核酸医薬には克服しなければならない課題も多く残っていますので,低分子化合物でRNAスプライシングを制御出来れば,核酸医薬より優れた治療薬となると想定されています。私どもの見出した化合物は,嚢胞性線維症やQT延長症候群,ポンぺ病などの糖原病に対しても効果が期待され,既に一部では有効性が確認されつつあり,AMEDの支援などにより台湾や西日本に患者さんの多い,αガラクトシダーゼの第4イントロンの1塩基変異に起因する心ファブリー病に対する臨床試験の準備を進めています。特定の変異があって遺伝病の発症が確実な方々に,心肥大など致命的症状が出る前に投薬治療を開始する,個別化先制医療の嚆矢となると期待されています。

 遺伝病の治療薬を創り出そうと志して40年間,いろいろな紆余曲折はありましたが,共同研究者に恵まれ,日本毒性学会の菅野先生や北嶋先生を始めとする多くの方々のご支援や激励のお蔭で,難病治療薬創成への挑戦を,挫けずに続けてくることが出来ました。この場を借りまして御礼を申し上げるとともに,一つでも多くの難病治療薬を,一人でも多くの患者様に,一日でも早く届けるべく精進を続けることを皆様にお約束して,筆をおきます。

日本毒性学会 毒性学ニュース Vol.48 No.5 P.87,2023 より引用)