RNA Disease

  RNA分子とそのプロセシング制御は遺伝子情報の発現制御に幅広く関わっています。核内DNAから転写されたpre-mRNARNAスプライシング、5’-cappingpoly (A) 付加等のプロセシングを受けて成熟mRNAとなり、リボソームに輸送されてタンパク質に翻訳されます。また、近年のRNA sequencing 解析技術の進歩により、各種non-coding RNA等、これまで知られていなかった多彩な機能性RNAの存在が次々と明らかになってきました。このようにRNAは遺伝子情報の発現に広範に関わりますが、同時に、その制御の異常は様々な生命機能に影響を与え、種々の疾患を引き起こします。そのようなRNAの機能やRNAプロセシングの異常に起因する疾患群を総称して「RNA (RNA Disease)」と呼びます。

1RNAスプライシング異常と疾患

   RNA病には数多くの種類がありますが、我々のグループが特に注目しているのが選択的RNAスプライシングの異常に起因するタイプのRNA病です。RNA前駆体は多くの場合RNAスプライシングによる制御を受け、イントロン領域が除かれるとともにエクソン領域が結合してタンパク質翻訳の鋳型となります。その際、恒常的にスプライシングされる場合と、選択的にスプライシングされる場合があります。前者をconstitutive RNAスプライシング、後者を選択的(alternative) RNAスプライシングといいます。選択的RNAスプライシングにより単一の遺伝子から複数のアイソフォームが産生され、組織や発生時期に特異的な遺伝子発現やプロテオームの多様性を生み出しています。一方、遺伝病や腫瘍など一部の疾患ではRNAスプライシングのシス制御配列の変異やトランス制御因子の変化によりRNAスプライシングの異常が疾患の原因となっています。例として、家族性自律神経失調症(Familial Dysautonomia; FD)ではIKBKAP遺伝子の20番目のエクソン下流のイントロン、6番目の塩基でT>Cの変異 (IVS20 + 6 T>C) が生じています。この変異によりU1 snRNPによる認識が抑制され、20番目のエクソンはスキッピングを受け、その結果、遺伝子産物であるIKAPの発現量が低下しtRNA修飾に異常が生じます(Fig. 1)。我々はこのように疾患と関連した個々のスプライシングの動的制御異常の解析を行うとともに、後述する低分子化合物による治療法を研究しています。

Fig.1

 

2.低分子化合物によるRNAスプライシング疾患の治療戦略

  疾患におけるスプライシング異常の制御にあたり、我々が標的としたのはSRタンパク質の活性を制御するリン酸化酵素群です。トランス制御因子としてスプライシング制御に関わる数多くの分子の内、SRタンパク質は選択的RNAスプライシングのエクソン含有を促進する因子として知られています。SR protein kinase (SRPK)、cdc2-like kinase (Clk)、dual-specificity tyrosine-(Y)-phosphorylation-reulated kinase (Dyrk)はSRタンパク質をリン酸化することで、特定のスプライシングに対してスプライソソーム(スプライシング複合体)の形成を促進します。当研究室のグループではこれまでに、SRPK阻害剤であるSRPIN340、CLK阻害剤であるTG003、Dyrk阻害剤および関連する類縁体を開発し(Fukuhara T et al. PNAS 2006; Muraki M et al. J. Biol. Chem. 2004; Ogawa Y et al. Nat. Commun. 2010)、SRタンパク質の活性制御によるスプライシング疾患の治療効果を示しました。例として、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの一部ではDystrophin遺伝子の30番目のエクソンの変異 (c.4303 G>T) によりpremature stop codonが生じることが原因となりますが、TG003によるClkの阻害によりエクソン30のスキッピングを誘導することでDystrophinの機能を保持したアイソフォームの発現が誘導され、治療効果が期待できます(Fig. 2)(Nishida A et al. Nat. Commun. 2011)。また、SRPIN340によりSRPK1を阻害することで、VEGF遺伝子のスプライシング変化を介した腫瘍や脈絡膜における血管新生の阻害効果、ウイルスRNAの阻害効果を確認しています(Dong Z et al. Mol. Vis. 2013; Amin EM et al. Cancer Cell 2011; Nowak DG et al. J. Biol. Chem. 2010; Fukuhara T et al. PNAS 2006)。一方、我々はエクソン含有を選択的に促進する化合物であるRECTASの開発を行い、RECTAS処理により家族性自律神経失調症 (Familial Dysautonomia)におけるIKBKAPエクソン20のスキッピングが回復することを見出しました(Fig. 2) (Yoshida M et al. PNAS 2015)。また、これらの化合物の作用は選択的であり、正常なスプライシングには殆ど影響を与えません。我々はこのようなスプライシング操作化合物によるエクソン含有・スキッピング誘導作用を応用することで、RNAスプライシング関連疾患における新規治療法の開発に結び付くと考えています。

Fig.2

 

3.SPREADDによるスプライシング操作化合物・標的疾患の探索

  スプライシング操作化合物のハイスループットスクリーニングを可能とするため、我々はスプライシング変化のリポーター系としてSPREADD (splicing reporter assay for disease genes with dual color)を開発しました(Fig. 3(Yoshida M et al. PNAS 2015; Takeuchi A et al. PLOS ONE 2010; Kuroyanagi H et al. Nat Methods 2006)SPREADDでは、標的とする特定のエクソンの含有またはスキッピングによりframe shiftが生じ、GFPRFPの発現が切り替わります。そのため、化合物処理によるスプライシングの変化をGPF/RFPの蛍光強度を測定することで定量化し、スプライシングの変化をより迅速に評価することが可能になります。我々のグループではSPREADDを様々な疾患関連スプライシングに適用することにより、新たなスプライシング操作化合物のスクリーニングと標的疾患の検討を進めています。また、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術、iPS細胞を用いた薬効評価についても取り組んでおり、今後更なるスプライシング関連疾患について治療法の開発を目指しています。

Fig.3